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春になると

春になると思い出すのが、『朝日ジャーナル』。
「何でやねん!」と、突っ込まれそうですが・・・。
京都市営バスの一人掛け席に座って、『朝日ジャーナル』に目を通す自分の姿が思い浮かぶのです。

もう時効だから良いでしょう。大学に入学して一人暮らしを始めたものの、親から貰ったテレビを買うはずの金はどこかに・・・。
テレビがない下宿の部屋で、時間をつぶすといったら本を読むことくらいでした。
実際には、部屋にいてもツマラナイので夜な夜なアルバイトや遊びに出かけ、テレビが必要ではない生活になっていたのですが・・・。

私が大学に入学すると前後して『朝日ジャーナル』で、『若者達の神々』なるインタビューが連載されるようになり、それを楽しみに購読していたのです。
ニューアカデミズムなる言葉が台頭しつつあった当事。学者からアーティスト、芸能人に至るまで、どのような基準で選ばれたのかは分からないものの、才能?人気?がテンコ盛りな印象を持ったものです。
『若者達の神々』がキッカケでしたが、『朝日ジャーナル』をマジメに購読しました。
あるべき読者です。
『若者達の神々』は、『朝日ジャーナル』の編集長である筑紫哲也がインタビュアーとなり、若者から支持を集める斯界の新旗手ともいうべき人物を紹介する内容。
本当に多くのニューリーダーが紹介されました。週刊誌ですから年間に50人くらい。2、3年くらい続いたでしょうか。

しかし購読を続けているうちに「いろんな人やいろんな分野があるものだ~。」との感想は持つものの、同時に筑紫哲也に対して何か違和感が残り積もっていたのでした。

『若者達の神々』の最終回。当事は、作家だった田中康夫が登場。
田中康夫のコメントが正体を看破しました。
「僕もズルイよね~。連載が始まったころから筑紫さんには何度もオファーを受けていたのに『最終回なら出てあげる。』と言い断ってきて・・・。だけど本当に最終回に僕を登場させる筑紫さんはもっとズルイかも・・・。」と。
筑紫哲也は『知の女衒』だったのです。

春になると思い出すのは、、『朝日ジャーナル』、『若者達の神々』。そして『知の女衒』・筑紫哲也と。
純情な青年の心が、『知の女衒』・筑紫哲也に弄ばれそうになった過去があるのです。

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