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鶴は千年、亀は万年

名古屋市で中学生が自殺を図ったことについての報道が喧しく不愉快に思っています。
自殺の背景となった事実関係についてよりも『生』・『命』・『生きること』についての根源的な問いかけをすることの方が、あり、大切だと思うのですが・・・。

今日は朝から『大往生』とは何ぞやと考えていました。
人間の『理想的な死』のカタチとして、『大往生』はとらえられることが多いように思います。

『大往生』と言って、頭に浮かぶ条件は長寿を全うし安らかに亡くなることです。
具体的には、一定以上の高齢(おおよそ90歳以上でしょうか)まで存命であること。
そして死に際は、死の恐怖や病などで痛みや苦しみを伴うことなく、眠りにつくような状態であること。
しかし『大往生』という評価をできるのは、本人と身内だけだとも思います。
充分に生を全うしたと評価できるのは、極めて私的なことです。
私は本人以外には計り知れないことだと。

『大往生』であろうが、何であろうが一人の人間が亡くなることの影響は大きいものです。
『生』を突き詰めることが、安易に『生』を扱うことを排除することだと考えます。

長生きするに越したことはない。
『鶴は千年、亀は万年』長く生きることで鶴のように美しく、亀のように泰然としていくものです。

私は生きることの価値を噛みしめ、『生』を謳歌したいと思います。



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代表取締役 中川稔之

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