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元々、『本音で・・・』なる行為には懐疑的です。
建て前こそが全体の利益の配分を最大限にする源だとも考えていますから。
相反する利害関係が絡み合う業界団体の運営には、『本音』は慎むようにと。
例えば、岐阜県銘木協同組合の役員に最近就任してから当組合についての見方が変わりました。
以前は利用する立場でしか考えていませんでしたが、役員である以上、組合(組織)・組合員(構成者)・顧客(利用者)にとって、組合が最大限に機能するための行動を取ることを考えています。
利用する立場とは、簡単に言えば『いかに安く買って高く売るか』が基準だったのです。
立場が変わって考えたのは、業界の先輩である役員の方たちの振る舞いが頭に浮かびました。
製材に加えて社寺建築を得意とする揖斐のTさん。市売りの進行係に付かれた時に、売れ行きが芳しくない製品が続くと「〇〇番(自身の買い番・ID番号みたいなもの)。」を口にし、順次進行するようにされていました。
当日の市で捌かれるはずの製品も、出品製品と購入希望者の存在の有無によっては値が付かない場合があります。そのギャップを解消する役割を買って出られていた姿を目にしていたのです。
私は私なりに、組合の運営に可能な協力を使用と考えています。
市売りの企画で乾燥材コーナーが設けられるとのことなら、量の多少、製品の優劣に関わらず自分ができる
協力をしようと。
またセルフサービスでお茶が用意されているのですが、その残量が少ないと気がつけば率先して連絡したり・・・。
大したことではありません。本当に微力ながら運営の助力でありたいと。
同様に岐阜県木材厚生年金基金。
中小零細規模の事業所によって構成されています。
日本全国、青息吐息の厚生年金基金。他の基金の平均よりは状況が良いとは言え、ご他聞に洩れず当基金も。
基金の存続のあり方については、様々な意見があります。
自社にとって個人にとって有利な方向性と、全体のそれとは相反するものがあります。
判断は難しいですが、財産に関わることですから慎重になります。
自社や個人の立場でモノを考えるわけにはいきません。
公職に近い立場に立つようになり、『全体の利益』の言葉の意味を考えるようになりました。