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鬼のほほに

昨日はPCの調子が悪く、ブログに写真を掲載することができませんでした。
改めて編集しなおしましたので、『RC壁構造の住宅』をご覧ください。

さて、昨日は『信じられない』モノを目にしました。
高校野球岐阜県大会決勝で、大垣日大高校が市立岐阜商業を下して甲子園出場を決めた場面を偶然テレビで見ていたのですが、『鬼の坂口』が泣いているのです。
大垣日大高校の坂口慶三監督の涙を見て驚いたのです。

遡ること30年以上前、私が高校生の頃は、愛知の東邦高校の監督を務められていて、『鬼の坂口』として東海地方の高校球児から恐れられていました。
『鬼の坂口』伝説が存在したのです。
練習試合で自チームの選手が不甲斐ないプレーをした場合、勝敗にかかわらず試合後に相手チームに土下座で謝罪させる・・・。
場合によっては、距離に関わらず歩いて帰ることを命ずる・・・。
その逸話に対戦相手は戦々恐々と。

2005年に大垣日大高校の監督に就任して以来、『鬼』を改め『仏の坂口』として選手を委縮させないように笑顔で指導するようになったことは知られていましたが、岐阜県の大会で外野フェンス際のプレーのジャッジをめぐって紛糾した時に、ベンチを飛び出し長時間にわたって執拗な抗議(*1)を続けた姿を目にしていた私は、表面的に『仏』であっても『鬼』の気性は残っているのだと思っていました。

(*1高校野球ではジャッジについて直接抗議・質問をする権利が監督にはありません。主将に質問権があるのみです。また、試合中にベンチ・ダッグアウトの外に監督・指導者が出ることを許されているのは怪我などのアクシデントのみです。)

その坂口監督が優勝・甲子園出場を決めて泣いているのです。
驚きました。

『鬼』の形容詞がついていた時から、私の認識は『坂口監督は特別な存在』というものでした。
野球学校の東邦高校で、『鬼』のような振る舞いをしながらも選手には『監督』でなく、『先生』と呼ばせていたからです。
教員免許を持ち、実際に社会科の授業を受け持たれていたそうです。
当時から、野球学校の野球部の監督は、実態は専任監督である学校職員のケースが多い中でも異質でした。
独特の価値観が感じられたのです。

2005年に坂口氏が大垣日大高校の監督に就任以降、岐阜県の高校野球のレベルは間違いなく向上しました。
今回も下級生に有望な選手が多く、期待されます。
西濃や東海地方にとどまらず、関西や北陸からも選手が集まってきています。
野球留学には批判の意見もありますが、私は大賛成です。
15歳やそこらで、親元を離れて野球で身を立てる志こそ評価し讃えるべきだと考えます。
他の地域から集まってきた優秀な選手と戦い交えることで岐阜の高校野球のレベルも向上すると考えられます。
『OGAKI』の文字を胸に、大垣日大高校の甲子園での活躍を期待します。

ガンバレ!大垣日大!

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