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終戦記念日・8月15日に

所属するロータリークラブの交換学生委員長を務めています。
交換学生のプログラムの目的には、『個人的な友情の結びつきが、やがては国際間の理解と親善を生むことになり、国際平和を推進することに繋がることを期待して・・・』とあります。
ロータリークラブは岐阜県と三重県で一つの地区を形成しますが、この地区に留学してきた生徒たちは、来日してしばらく後に研修旅行の機会を持ちます。
行き先は、広島・長崎です。
この代々引き継がれている研修旅行のプログラムを策定された先人の慧眼には感心するばかりです。
ロータリークラブの交換留学生は、岐阜の地に共に留学した学生が岐阜の地で国際親善・友情を発展させること、岐阜から海外に留学した学生が留学先で国際親善・友情を発展させることによる、言わば、民間平和大使です。

来日する留学生のほとんどが『戦争を知らない』子供たちです。
その世代に、いきなり「民間平和大使になれ」と言っても無理があります。
非戦の尊さ、戦争の残酷さを理解してもらうには、日本が核兵器である原爆を二度投下された国であり、その傷跡を今も負う国民が存在することを示すことしかないと考えられます。
その上で、留学生が異国・異文化・異民族にふれることに価値があります。
言語を習得することよりも、相手を尊重して自らの立場で意見することが国際親善・友情の始まりだと考えます。

ロータリークラブの交換留学生のプログラムを考えると、我々日本人は果たして大丈夫だろうかと思ってしまいます。
先日も書きましたが、日本人にとっての戦争は第二次大戦ですが、米国人にはベトナムです。
より若い世代が戦争の悲惨さ・狂気を生で知るのが米国です。
行き過ぎた国粋主義・民族主義に自制が働くのは、どちらであるかは自明です。

終戦から20年近く後に、生を受けた私の世代がどれほど戦争を知っているのか。
今日よりは、戦争の傷跡が生々しくありました。
従軍経験のある親類は、『地獄・悲惨・・・』、『二度と戦争を経験したくない・・・』と、それ以外の詳細な言葉を口にしませんでしたが、それだけで伝わってきました。
大学時代、『行き行きて、神軍』なる映画と書籍から、味方同士の人肉食の事実を知り、ドキュメンタリー番組からシベリア抑留残留日本人の過酷な運命を知ったものです。

日中国交正常化の後には、『中国残留孤児・訪日肉親捜し』がありましたが、これとて国による棄民政策のしりぬぐいであり、長い年月の経過を生めることができたものではありません。
当時、多くの残留孤児が日本を訪れ肉親を探す事業が実施されると、毎日テレビで残留孤児が経過や物証を訴える姿が放映され、肉親と再会できた者もいれば、肉親が見つからなかった者もいて、戦争による数奇な運命はドラマよりも胸打つものでした。
また再会した後に、日本への帰国を望む者、中国での生活を選ぶ者など・・・。今日まで様々な問題を引き起こしています。

戦争は地獄であること。地獄はいつまでも心に残ること。戦争の傷跡は50年や100年で終わらないこと。
ロータリークラブの交換学生のプログラムに関わり思うのは、来日する学生に伝えることよりも、日本の学生(日本から出ていく留学生)にどれほど理解されているのかということです。
離日する前に、広島・長崎、沖縄、知覧を訪問させることが大切だと思います。
そして東日本大震災の被災地。
高校生に、民間の平和大使とは荷が重いかもしれませんが。

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本庄工業株式会社
代表取締役 中川稔之

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