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たかが、蕎麦

「こんなもの食べました」的報告は自身の感性と与しないのですが、一昨日の昼食のそばの話を。

巣南の取引先に向かう途中にある蕎麦屋で食べた『もりそば』。
穂積の牛牧にあって、以前から行ってみたかった店を一人で訪れました。
いつもは会社の給食弁当が昼食なのですが、その日は昼食のために会社へ帰ることが無理だと分かっていたので外食となったのです。
正午前、ちょうど店も空いていました。


普通の民家を改装した、何ら凝った設えのない店に一人で入りました。

誤解を恐れず言えば、岐阜は蕎麦・饂飩の文化不毛の地だと思います。
関西の大学に進んで、饂飩は澄んだダシのスープで食べるものだと知りました。
また就職して上京すると、蕎麦の香りの魅力を知ったものです。
最近では蕎麦、饂飩、それぞれの専門店が岐阜でも見られるようになりましたが、基本同一のジャンルと見なされています。
岐阜の麺類を扱う店では蕎麦つゆと饂飩のダシに違いはなく、同じ濃い醤油の汁です。
蕎麦に用いるそば粉と小麦粉の配合も小麦粉が優っていることが多いようですし、コシや弾力とは程遠い触感の饂飩が罷り通るのが岐阜の地です。
最近では瀟洒な設えの蕎麦専門店も増えましたが、価格が・・・。
貧乏性の私は、せいろ一枚1000円ほどの価格には及び腰になってしまいます。

東京でそばを覚えた私が蕎麦に目覚めたのは山梨県長坂を頻繁に訪れていた頃、遡ること20年ほど前のことです。
東京からも客が押し寄せる名店・翁のすぐ近くにある地元民に愛される店・藤乃屋があり、その両者のコントラストも面白いのですが、生活の中に入り込んでいる『蕎麦を食す』ことにハマりました。

最近では、蕎麦打ちブームも相俟ってか、蕎麦専門店が進化しているように思います。
過度に特化・進化した蕎麦屋に疑問を持っていたところ訪れた一昨日の蕎麦屋。
過度な設えもなく民家そのまま。
供される蕎麦の器も猪口も質素で。
品書きにあるよう価格も控えめ。

124_convert_20130829183623.jpg

蕎麦以外の周辺にコストをかけないことが分かりました。
品書きに「ざる」がないことに注目しました。
「ざる」は水切りの役目を果たしますが、洗浄、衛生管理の労務がかかります。
また薬味に過剰に力を入れることもなく、パックされたものです。

肝心の蕎麦は、この時期にしては香りもありますしコシもありのど腰が良く、美味しい蕎麦でした。
専門店と遜色がありません。
何より気に入ったのは、蕎麦湯。最近よくあるポタージュのようなとろみがある蕎麦湯とは全く異なります。本来の蕎麦湯の濃さにいたく感激した次第です。

「たかが蕎麦」の境地を極めた感じが伝わります。
何ら能書きもなく、また独善的なこだわりもない普通に美味しい蕎麦でした。
このような店が希少であることは、普通に「蕎麦を供すること」が困難な時代でもあるのだと思うと同時に、清々しい印象を持ちました。

125_convert_20130829183703.jpg

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No title

薀蓄深いお話です。美味しそうです。
一度、訪ねてみます。
KGB

Re: No title




コメントありがとうございます。
下記に食べログのリンクを張りました。参考にしてください。
http://tabelog.com/gifu/A2101/A210105/21013469/
普通の蕎麦屋です。
「ただ蕎麦を供す」、「蕎麦を食べる暮らし」・・・

中川

> 薀蓄深いお話です。美味しそうです。
> 一度、訪ねてみます。
> KGB
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代表取締役 中川稔之

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