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友、ミャンマーより来る

先日、夜の10時過ぎに電話がありました。
『ミャンマーから日本に帰ってきて岐阜に来たんですけど、急遽明日東京に行くことになったので・・・。』と。

電話の主のいる玉宮町の美容院まで車を走らせました。
かつて、FC岐阜に在籍し、今はミャンマーリーグのチームでプレイをするO君。
彼と会うのは二年ぶりで、彼がミャンマーに渡ってからは初めてでした。

聞けば、シーズンオフを利用して帰国した彼は実家のある千葉県で一週間ほど過ごした後、岐阜に来たとのこと。
一番の目的は、馴染みの接骨院で身体のメンテナンスをすることで、日本にいる間の多くの時間を岐阜で過ごすつもりだったところ、急用ができ東京(千葉)に戻ることになったとのことでした。
そこで美容院にカットの無理強いのお願いと電話をかけてきたのだと。

FC岐阜がJリーグに上がる前から在籍していた彼は、弊社の社員寮に住んでたことがありました。
そのせいもあり親交が生まれたのですが、彼のような明るく魅力的な性格は稀です。
18歳以下の日本代表経験もある彼は、高校を卒業してすぐにJリーグチームに入り、すぐに活躍の機会を得て活躍をしていましたが、怪我や故障で試合出場が少なくなっていきました。
在籍チームを転々とするうちに岐阜にやってきたのです。
岐阜にいた頃も、怪我がちでした。
腐って、サッカーを諦めたり、生活が荒れても不思議ではないのに・・・。
やがて、FC岐阜がJリーグ二年目の時に解雇をされ、活躍の場を東南アジアに求めて旅立っていったのですが、シーズンオフの身体のメンテナンスには必ず岐阜を訪れ、今日まで親交が続いています。

同世代の間では早くから活躍をしていて、サッカー界では有名な選手であったにもかかわらず、驕ることもなく明るく誰とでも接する彼。
「怪我をするのも自分のせい。」、「クビになるのも自分のせい。」と、笑顔で話す姿に私の方が励まされたことでしょう。

「ミャンマーはどうだ?」と尋ねると、
「環境面は酷いけど、サッカーをやって金がもらえて生活ができます。」と笑って返すのです。
「同じチームに日本人が入ったけど、衛生面などの環境に耐えられず辞めて帰国しました。」・・・
「それよりもミャンマーは『日本バブル』ですよ。以前いたインドネシアのスラバヤよりも日本人の数は少ないのに日本食レストランが多く、またスゴイ勢いで増えていっています。日本との往来が増えていく途中じゃないですか・・・。」と。
彼の皮膚感覚は正しいのでしょう。

「で、これからどうするんだ?」と私が質問を突っ込むと
「僕の仕事、能力はサッカーしかありませんから、サッカーで稼ぐことができる限り、どこかでサッカーを続けます。アフリカや東欧の連中は逞しいですよ。国に帰っても仕事がないから、サッカーを仕事にすることに貪欲です。・・・」
中途半端に『夢』という言葉を使うことなく、環境を厭わずサッカーと言う職能を駆使する姿に敬意を覚えました。

君のような人間が岐阜に足跡を残してくれたことを感謝します。
いつか、ミャンマーやアジアの国で君がプレーする姿を見てみたいと。

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代表取締役 中川稔之

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