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大学を去勢する

今年はノーベル賞狂想曲が日本では流れませんでした。
この先、20年もすると日本人のノーベル賞受賞者はいなくなるのではないかと思っています。
それどころか自然科学、人文科学のどちらの分野でも、大学が社会に新機軸を問う学門の府としての能力を失っているとさえ・・・。

誤解を恐れず、また敵を作ることを厭わず言います。

大学が学生の就職活動をフォローすることや、保護者向けの説明会に注力することは間違っていると思います。
これは『大学を去勢する』行為であり、片手間に済ます程度で充分です。
学生が独力で社会的に自立することを妨げるものです。

最高学府とは、東京大学や京都大学などの旧帝大だけが名乗るものだとの風潮が形成されることを懸念します。
小市民的価値観の、社会に望まれる大学側の活動にウエイトを置くのでなく、アカデミズムを追求することが大学のあるべき姿にもかかわらず、「やれ、就職だ」、「保護者・父兄からの満足度だ」を意識した活動は、最高学府としての価値を貶めるものです。
学問の篩にかける機関であるとのプライドが感じられません。

『大学』を名乗る期間は、しっかりと学問を追求すべきです。
日本は経済的にも知的にも分厚い中流階級が存在することで高い国力を維持してきました。
全体が幼稚化すると、旧帝大クラスの上位校からも国際的に高い競争力の研究がなくなると思われます。
また、戦前の思想弾圧に屈しなかった研究者たちのプライドを、どう考えるのでしょう。

社会に問題提起をする能力は真理の探究の先に生まれるものです。
それがアカデミズムの価値であり、世俗の要求するものとは対極にあります。
学生や世間の評価を意識することが、アカデミズムを排除することです。

翼賛体制が形成された社会で、客観的意見・判断を下すことができる『大学』が存在するのか甚だ疑問です。


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