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僕が岐阜市を語るワケ

岐阜市長選挙の話題を避けているのは何故か?と、友人に問いただされました。
しばらく、木の話や仕事の話が続いた後には評論家みたいな国政の話題となったのは、意図してのものではありません。
『岐阜市』について書き始めたら止まらないような気がします。
また「誰にでも、何にでも噛み付く噛み付く狂犬のような人間と見られているよ。」との過分なご忠告をいただいたので、整理して話すようにもこころがけようと思います。

高校を卒業して、関西で大学卒業までを過ごし、社会人になって生活したのは東京と名古屋。
30歳を過ぎてから、私は岐阜に帰ってきました。
どうして帰ってきたか?
岐阜が魅力的だと思っていたからです。
高校生の頃、問屋町の周辺にはエネルギッシュに働く人があふれていました。岐阜の大人の姿、働く姿を魅力的だと思っていたから、30歳を過ぎて岐阜で働き生きていこうと帰ってきたのだと思います。
岐阜が面白く魅力的だと意識するようになったと思ったのは、高校生になってからでしょう。
高校からの帰り道に柳ヶ瀬や駅前を通るときに見かける大人の姿や喫茶店に入って聞こえてくる大人の弾む会話に憧れたものです。

ところが、自身が岐阜で働いてからは、高校生の頃に見た岐阜の大人の世界とは様相が違います。
仕事を通して、またはプライベートの場でも、岐阜の街が盛り上がるような取り組みをしてきましたが、状況は如何とも・・・。
大阪、京都、東京、名古屋などでの生活の経験がある私は、それでも岐阜の街の可能性、ポテンシャルは高いと信じています。

30、40代の我々が楽しく魅力的に輝いていないと、岐阜の街が求心力を失い下の世代が都会に流出してしまう
と危惧します。
または周辺都市に移っていくとも・・・。

岐阜市の緩やかな地盤沈下、没落を止めるためにも、岐阜の魅力を・価値を高めるような取り組みをしていきたいと考えています。


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