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市岐商・立命館問題が残したもの

最近は、ブログは短く幸せは永くを旨としていますから、端折って・・・。

岐阜市の11月議会も終了しましたが、岐阜新聞に『市岐商・立命館問題』を引きずって・・・とありましたから一言。

私は立命館大学法学部を卒業しました。
現在は、立命館大学岐阜県校友会の幹事を務めています。
母校が岐阜に付属校を・・・と聞けば、何となくうれしく感じるのは自然な感情です。しかし岐阜県校友会が立命館付属高校の誘致活動に全く関与しなかったのも、コトの経緯を知っている身からすればむべなるかなと・・・。

『市岐商・立命館問題』とひとつの問題として語られますが、本来別物です。

市岐商のあるべき未来像をしっかりと議論する必要がありましたし、あります。存続であれ廃校であれ、高等学校の許認可権は県にあります。県を交え、相談すること、すなわち連携を取っていなかった愚を認めず、自分の考えは正しく良いことだから実現されるべきというのは独善です。

また、立命館。大学にとって学生を供給する高校を確保することは経営的に重要です。関西圏に次ぎ入学者の多い東海地方・中部圏に付属高校を持つことのメリットは大きい。大学の付属校が少ない岐阜県においてニーズは確実にあります。

では、今日まで岐阜市議会を二分していると言われる状況がなぜ起こったのか?
ひとことで言えば、市長の独善的な言動・手法によるものです。

公表のタイミング。順序だてた説明・話し合い。利害関係者の調整。自身と近しい者が受益者でないことの証明(将来に渡る・・。)。・・・。
丁寧に対応すれば混乱は生じなかったはずです。
それがなぜ拗れて、何の解決もなく収束したのか?
結果として、市岐商は変わらず、立命館もどこかへ・・・。

それが今尚、尾を引いているというのなら、関係修復能力がないトップの資質に問題があるのです。

立命館問題は終わった話です。(市岐商は終わっていない)
『死んだ子の歳を数える』ことで利する者がいます。それは現市長です。
市岐商を立命館に移管しようとした革新的な改革派市長と、それを阻んだ旧態然とした市議会の対立が存在するように見られることは現市長にとってプラスに働いています。

また、『我ら市長派・改革派』と共通のチラシ・リーフレットを作成して配布する議員たちがいます。
彼らの頭の中をのぞいてみたいものです。
地方自治の二元代表制の意味を分かっているのだろうか?二元代表制には与党も野党もない。
改革=善・正義という頭の中は、二元方程式を脱していない様で・・・。

真に改革を追求するのならば、市長には『専決』という方法があります。覚悟があるや、なしや。
覚悟なく改革者を名乗るならば、それはエセ改革者です。

市会の混乱の原因を、今尚、市岐商・立命館問題に帰結させるのは浅はかです。
全ての議案について、二分しているわけではないのです。
市岐商・立命館問題による対立といえば分かりやすく簡単です。
思考停止状態の市政担当記者を生み出した罪は重い。
それとも程度の低い新聞記者しか存在しないのか?

市岐商・立命館問題が残したものは、記者クラブで知りえた大本営発表情報を思考停止したまま垂れ流しにする岐阜オリジナルの地方メディアのスタイルです。

長い一言にお付き合いいただきありがとうございました。
市岐商については、後日書きます。

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