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夢のあと

岐阜地域木材利用推進協議会の総会があり、各務原市須衛にある岐阜木材団地を訪問しました。

かつて岐阜木材団地には原木市場があり、私が材木屋としてデビューしたのが此の地だったのです。
弊社では、12年ほど前までは原木の仕入れは先代である父が自分だけの仕事として一人で担っていました。
その先代の急逝を受けて、私が原木市場に立つこととなった次第です。
今から思うと「な~んにも分かりませんでした。」
本当に・・・(笑)

建築や自分がそれまでに経験したことのある業界とは異質な業界だと感じたことを覚えています。
極端に言えば、100円のものを100円だしても買えない、売ってもらえない世界を体験したものです。
それでも時代が良かったのでしょう。右も左もわからぬポッと出の素人でも、購入量と金額が多少は他人よりも大きかったので、少しずつ取り引きをさせてもらえるようになったものでした。
また、先代の友人のGさん。別の原木市場で商売をされていたのですが、木の見立て、相場観、駆け引きなどを伝授していただきました。
岐阜木材団地が、私の修業の場だったのです。

やがて岐阜木材団地の原木市場は廃業・閉鎖され、他業種の企業に敷地を売却され、岐阜市近郊から岐阜の地域の木材を扱う原木市場は姿を消したのです。
その後、原木の主たる仕入れ市場を郡上木材センターと関市にある県森連共販所に移したのでした。
原木市場があった広大な敷地は、飛ぶ鳥を落とす勢いの異業種の会社が購入し本社工場を建築するとの計画を聞いていましたが、昨日訪れてみると・・・・。
写真の通り、いまだ更地のままなのです。
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原木市場が廃業し売却された後、半年もしない間にリーマンショックが・・・。
そして今日に至る。

斜陽産業の木材産業で必ずや一旗揚げると、原木丸太の仕入れに一生懸命になった広い土地が利用されることもなく、放置されているさまを見るのは淋しいものです。
木材関連の仕事から他業種に土地の権利が変わるのは仕方のないことですが、利用されないままであることを残念に思います。
もちろん木材団地の中には、業績の良い木材業者の事業所も存在しますし、広葉樹の市場は活況を呈しています。
私のフィールドである、地元の杉・桧を中心とした原木市場のことを嘆いているのです。
団地の中でも、占める面積が大きかったですから。
昭和52年に、この地に木材団地を開いた業界の先輩が見た夢とは・・・、岐阜における木材産業の価値とは・・・。
様々な思いが去来しました。

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Author:jdforest
本庄工業株式会社
代表取締役 中川稔之

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