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開化亭に行ってきました

京都の材木屋さんが岐阜に来られて、食事をすることになりました。
『開化亭』を希望されたので出かけてきたのです。

今や、日本どころか世界中の料理人に知れ渡った『開化亭』。
料理店の紹介番組ではない、NHKの『プロフェッショナル・仕事の流儀』に取り上げられ、オーナーシェフの古田さんの仕事人としての生きざま、料理へのこだわりが放映されたことで、料理界のみならず広く知られる名店となったことで、『開化亭』を目当てにした岐阜旅行を企てる人も見られるほどに。

『開化亭』、古田さんについては、紙媒体、テレビなどの旧メディアからネット上に至るまで多くの情報がありますから、ガイドブック的な話をするつもりはありません。
今回の訪問で考えさせられた点がいくつか・・・。

私と『開化亭』、古田さんの最初の接点は大学生の時。
京都から帰省して梅林に住む友人宅を訪問した時に「最近、近所にウマイ中華料理屋ができた。」と連れて行かれた店。
その当時には会話を交わすこともなく何度か訪れたのみでした。
十数年の星霜を経て、移転した『開化亭』を訪れその秀逸な料理に感嘆したのですが、その時点で『梅林の中華料理屋』との一致はありませんでした。(後に、会話の中で発見した次第です。)
当時は、一定の高い評価を受けながらも当時はネットなど情報伝達のスピードが現在ほど速くなかったので、関西の食通に読まれる『あまから手帖』なる雑誌が絶賛していたことが思い出されます。

弊社が施工の川原町泉屋・泉屋物産店の泉社長が主宰していた『岐阜伝統食品の会』なる団体の勝手連的オブザーバーとして取り組んだ折に『開化亭』、古田さんのセンスに感嘆したものでした。
川原町泉屋の『鮎ラーメン』の上湯スープは古田さんの監修によるものです。

創作中華、ヌーベルシノワーズなどと分類される『開化亭』の料理ですが、それらの言葉に集約できない哲学があると思うのです。
『開化亭』もどきの料理を供する店が表れても『開化亭』の領域を侵す店はないと、今回の訪問で確認しました。
雑然と静謐の同居が『開化亭』の哲学だと。
コース料理をオーダーする客からラーメンを食べる客までが同居することと、高級食材を大胆な調理方法で中華の皿に仕上げる姿に表れています。
還暦を前に、東京銀座に出店される準備のことで古田さんは不在で、店の厨房を仕切っておられたのは息子さん。
変わらぬ料理が受け継がれているのは哲学が存在するからでしょう。
いつまでも挑戦し続ける姿勢が、哲学が継承される源でもあるのだと。
それを実感したのが、来店時間が遅く最後の客となったのですが、以前も最後の客となり店を出た時と同じようにキレイに清掃された厨房の中の光景があったからです。

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