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堀江さん

筆圧が強いのは子供の頃からです。消しゴムで鉛筆の文字を消しても轍のような跡が紙に残ってしまうくらいの筆圧で書くのが私の標準。
筆圧が強いことで褒められたこともあります。

遡ること35年前のことです。私が卒業した小学校は岐阜市立鶉小学校。
当時、鶉小学校を卒業する児童には特別な贈り物がありました。
『鉛筆1ダースと岩おこし』 大阪在住の『堀江さん』という方からの卒業祝いでした。
卒業式では卒業証書と『鉛筆1ダースと岩おこし』をもらうものだと、6年生になる頃には意識していましたから、鶉小学校の卒業生は『堀江さん』からの卒業祝いを代々いただいていたのでしょう。

私が鶉小学校を卒業する時がやってきました。
担任の先生が『堀江さん』からの卒業祝いの話と『堀江さん』の詳細なエピソード・その意義を説明し、クラス全員一人ひとりが『堀江さん』にお礼の手紙を書くように話した時に、「『堀江さん』は高齢だから大きくはっきりとした字を書くように」と指示をしました。筆圧の強い私はいつものように鉛筆に力をこめて濃く書いたところ「相手を思いやる濃い字で良い。」と褒められたのです。

担任の先生から聞かされた『堀江さん』の話は以下のような内容でした。
鶉で生まれ育った『堀江さん』は鶉小学校に通っていた。家が貧しく小学校を卒業する前に大阪へ丁稚奉公に出され・・・。大阪に出されてからは一生懸命働き、事業家として成功した。仕事一筋の人生だった。
自分が唯一通った学校は鶉小学校。しかし卒業することは叶わなかった。
そこで自分が通った学校を卒業する故郷の子供たちに『鉛筆1ダースと岩おこし』を卒業祝いとして毎年送ってくれている。何年も続けることは並大抵の思いではない。鶉小学校、故郷の子供たちへの強い思い入れがあるから出来ること。『鉛筆と岩おこし』にも意味がある。鉛筆は勉強にはつきものであり、岩おこしは学問の神様・菅原道真に縁のあるお菓子。・・・。

『堀江さん』は卒業祝いの品物に願いや思いをこめていたのでしょう。
『堀江さん』本人が鶉小学校に現われた記憶はありません。しかし小学生の頃、まだ見ぬ『堀江さん』に自然と憧れるようになったような気がします。
『堀江さん』は卒業祝いと共に大切なことを教えてくれました。
鶉小学校の子供だったことを誇りに思います。


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