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あれから一年。

震災からちょうど一年経ちました。

その時私は、『建築建材展』が開催されていた東京ビッグサイトにいました。
最初は昼に飲んだビールのせいでクラクラするのかと思いましたが、ゆっくりと大きな横揺れ、続いて激しい揺れで『大地震』だと。
多くの来場者がいました。大きく揺れる中、会場内から出口方向へ向かって外へ出ようとする人たちに私も続こうとしたのですが・・・。
「出口に人が殺到するとパニックになる。」
まずは身の安全を確保しようとその場に留まっていました。
短かい時間にもかかわらず様々なことが頭の中を駆け巡るものです。
冷静に的を得ていたり、トンチンカンであったり・・・。
「展示物が倒れることから身を守るのが先決。」
「東京ビッグサイトは『日建設計』で、ヨコに広い形状だから建物の倒壊はないだろう。」
「電車などは機能しないから宿泊しなければいけない可能性が大きい。」
「震源地は?規模は?」・・・・。

かなり長い間、大きな揺れが続いたのですが、揺れが小さくなった頃近くにいたビジネスマンがスマートフォンで調べた情報・『震源地は東北』と教えてくれたのです。
東北が震源地で、東京でこの規模の揺れならば、かなりの規模の地震だともすぐに分かりました。

ちょうど帰ろうとしていたところでした。
静岡の取引先の方が車への同乗を勧めてくれたので車で東京を出たのですが、車と新幹線を乗り継ぎ岐阜に辿り着いたのは翌日の昼でした。
車中から液状化によって土、泥水が噴出している様子を目撃し、被災したことを実感したのでした。

車中で朝まで過ごしたこともあり、津波や福島の原発についての情報の詳細を得たのは岐阜に帰ってからのことでした。
車中では、漠然と『大災害に見舞われたこと』としか理解できていませんでした。

この一年間、災害時に事業を通して何ができるのか?平常時には?
また自分自身はいかに行動すべきか?
そのためには・・・。
『考える。行動する。』その繰り返しの一年でした。

今尚、被災地は復興途上にあると思います。
復興の足がかりさえない現実もあるでしょう。

漠然と目の前の現業をこなすことは罪であるとの意識を持つようになりました。
女川町の小学校を訪れた時、子供たちの笑顔に勇樹付けられたのはと訪問者の我々でした。
一年前から今日に至るまで、厳しく過酷な現実の前にも時間は等しくあるのだと。

今日は特別な一日です。
失われた多くの命・生活に祈りを捧げるとともに、自分自身はもちろん事業を通して社会に果たす役割を全うしていくことを誓います。


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