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月のあかり

日曜日の朝のスポーツ紙の記事で知りました。
桑名正博が脳幹出血で倒れたと。残念ですが、もう帰ってこないでしょう。

高校を卒業し予備校に通うために、初めて岐阜の実家を出て生活をしたのは大阪。厳密に言えば兵庫県伊丹市に住んでいたのですが、生活圏として神戸よりも大阪のエリア内です。
岐阜の田舎で得ることができる都会の文化は、東京発信のモノが多く、大阪は自分が想像していた都会とは異質な独特の文化が存在するのだと理解するのに時間は要りませんでした。
とにかくスゴイ。
記憶に残る印象は街自体がエネルギッシュな生き物のようなことと、生ゴミ臭い。
しかし「臭いなあ~。汚いなあ~。」などと口にしても、誰も聞く耳を持たず「エエやん。それより・・・。」と、細かいことに捉われず本質に直入する逞しい気質の人が多い印象があります。

それは音楽も同様。
小さなライブハウスがいくつも点在しスタイルもたようであったように記憶しています。
ギターケースを肩に予備校に通う友人が、ロックについて語りだすと・・・。
「能書きや講釈はエエから、それくらい英語も勉強せい。」、「やかましい。放っといてくれ。」とのやり取りが甦ってきます。

1980年の頃、大阪出身のロックシンガーが関西ノリを全面に出して、全国的に活躍していることも多かったように記憶しています。
桑名正博、もんた&ブラザーズ、BORO、上田正樹・・・。
大阪での予備校生活の後、京都の大学に進んだ私は、桑名正博は破天荒な自己破滅型と同時に人の良い兄貴分の両立をしている印象があり、典型的な大阪のロックシンガーだと思っていました。
ロックやフォークを志す者は、自身のアイデンティティにもコダワリがありそうなのに名古屋、広島、九州などの地域の出身者は、メジャーデビューの後に言葉やイントネーションが標準語化していきますが、関西出身者の多くは変わりません。

それでも東京は太陽で、大阪は月なのだと思ったものです。
なぜなら前述の歌手のヒット曲の歌詞の中には、『成功を目指し大阪を出て行く』フレーズが多くあるからです。
『大阪だけに留まっていてはアカン』なる潜在意識があるのでしょう。
BOROの『大阪で生まれた女』、上田正樹の『東京エクスプレス』、伊丹哲也の『街が泣いてた』。そして桑名正博の月の明かり

大阪を出て行く心情を歌うほど、名曲に思えるのです。

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