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オスプレイとJUDO

ロンドン五輪、男子柔道が金メダル・ゼロに終わったことを屈辱と考えるならば、その思考を『オスプレイ』にまで発展させてほしいものです。

金メダル・ゼロの敗因・原因はどこにあるのか?
我々日本人が思い描く『柔道』と『JUDO』とは似て非なるものであり別物なのです。それを認めることなくしては、次の五輪でも惨敗に終わるでしょう。
『柔道』と『JUDO』では、制度・ルールが違うのです。
潔さや美しさを前提に競う『柔道』に対し、現実的なポイントを積み上げるのが『JUDO』。
例えば道着について。
短い袖は相手がつかみ難く自分に有利に働くこと。丈が短いことで帯から抜けてだらしなくハダケようとも競技上自分に有利に働くこと。
これら、ルールの許容範囲内で自らに有利なように着衣に細工を加えようと反則行為にはあたりません。
それを責めたところで・・・。
『JUDO』の制度・ルールを変えるか、制度・ルールに応じた対応・対策を採ることが『JUDO』で勝つための方策なのです。
『柔道』が『JUDO』と姿を変え、独り歩きをして発展したこと、すなわち世界中に普及した事実を評価すべきでしょう。
それとも「そんなの『柔道』じゃない。」と、ダダを捏るのですか?

『オスプレイ』についても同様。
現在の我が国は軍事的に独立国の体をなしていないのですから、米国の属国として『オスプレイ』配備に異を唱えることはできません。
日本は非武装米国従属が現実です。
『オスプレイ』は危険だと叫ぶことは、五輪の『JUDO』を批判することと何ら変わりはありません。
安全保障の議論を避けてきたのですから、
『オスプレイ』配備に反対するなら、安全保障について言及すべきです。
大雑把に言って、①非武装米国従属、②非武装中国従属、③武装独立のうちのどれかを選択するというのが日本の生きる道でしょう。

諸外国からの軍事的脅威に晒されることがない日本の本土では現実味がないでしょうが、石垣島では石垣島への『オスプレイ』配備を求める運動もあります。
石垣島は中国との緊張感ある接点です。
我々は世界の現実から目を背けることなく認めるべきと考えます。

ところで、五輪の『JUDO』で日本が勝てる案を思いつきました。
総監督に落合博満を抜擢するのです。
過去の柔道の名選手は、所詮、柔道職人に過ぎません。
他の競技から現実主義者を連れてくるくらいの劇薬なくして、五輪でのメダルラッシュ・金量産はありえないと思うのです。
それを許さない日本柔道界のプライドが一番の障害となっているのかもしれません。


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