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『オリンピック』中継を観る

生でスポーツを観る楽しみを教えてくれたのは、岐阜県民体育館です。

私にとってスポーツ観戦が日常的なモノになったのは、実家の近くに岐阜県民体育館(現:ヒマラヤアリーナ)があったからでしょう。
子供の頃、土曜日の午後には、岐阜県民体育館に出かけ、バレーボール・バスケットボールや卓球などを観たり体育館の中を駆け回ったものです。
スポーツ観戦や体育館の中を駆け回るよりも楽しみにしていたことがあったのですが・・・。
家が牛乳販売店を営む同級生の両親が館内で飲食物を販売していました。
体育館で遊んでいて、営業も終わりかけになると牛乳やパン、時にはおでんを頂くことがあったのです。
口の卑しい貧乏性の私の性格は幼い頃からのものです。

ところで、生で観戦したことがないのは『オリンピック』。私にとっての『オリンピック』は、テレビで観るモノです。
ですから『オリンピック』中継には、注文がいくつもあるのです。
特に今回のロンドン五輪の国際映像には苛立っています。
ライブの観戦が叶わない者は、ディレクターが選択した画像を見させられることをディレクターは自覚して欲しいと。

世界中に中継される映像と会場内ビジョン用の映像は演出の目的は別物であるべきです。
プレーが止まることがないサッカーなどの競技では、スロー再生や観客席のカットがテレビの中継に流れることを目障りに感じています。
前のプレーのスロー再生や観客席のカットは、競技場の観客にとってはありがたいかもしれませんが、テレビ観戦者から同時進行性を奪うものです。
ひとつの競技の中継が単独の放送局によって独占的になされることの弊害も感じます。
複数局のカメラクルーが入って、別々の編集がされれば、後々新たな視点から競技を考察することもできると思うのです。

オリンピックのテレビ中継では、スポーツの本質に迫って欲しいのです。競技そのものと競技者にです。
野球やサッカーなどのシーズンを通して競うスポーツならば、テレビ中継も娯楽性を高める意味で、スタジアムを観客が盛り上げる姿を映し出すこともありでしょう。
被り物やペインティングをした観客の姿など刺身のツマにもなりません。
オリンピックの価値を貶めます。

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代表取締役 中川稔之

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