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『凱旋道路』

FC岐阜が最近のホームゲームで対戦した大分トリニータと徳島ヴォルティスには、岐阜出身の選手がいました。その選手の存在を紹介する岐阜新聞の記事で『凱旋』という言葉が使われていました。何かの大会で優勝したわけでもなく、いずれも以前はJ1のクラブに所属していたものの活躍できずに、地方のチーム(大分・徳島)に活躍の場を求めて移籍した岐阜出身の選手が里帰りしたに過ぎません。それを『凱旋』と表現することに違和感を感じました。

記者は『凱旋』の意味を間違えて理解しています。一度のみならず、二度『凱旋』をそのように使っていましたから、それに気付かない上司・デスク、同僚もどうかしていると思います。フランス・パリに凱旋門があり、その由来くらい世界史の授業で習ったであろうに新聞記者としての素養を疑います。
また、岐阜にも『凱旋道路』が存在したことなど知らない世代が増えてきたとは思いますが、せめて県紙・岐阜新聞の記者ならば岐阜の郷土史くらい知っていてほしいものです。

岐阜の『凱旋道路』とは、現在の金華橋通り・平和通りです。
日露戦争の後、『凱旋道路』と呼ばれるようになったと聞きます。その後、第二次大戦では出征する人がこの通りを行進し戦地に赴いたたとも聞きます。戦後、敗戦のためか平和を願ってか定かではありませんが、一転『平和通り』と名を変え現在に至ると言いたいのですが、いつの間にか『金華橋通り』と呼ばれています。
私が岐阜を離れている間に『金華橋通り』と呼ばれるようになったこともあり、馴染めません。かつて日本全国の都市に丸の内なる地名が生まれた時期があったそうですが、地名には歴史や時代背景があるべきです。
『金華橋通り』・『長良橋通り』・『忠節橋通り』・『岐阜西通り』は便宜性と分かりやすさから命名されたそうですが、親しみがわきません。年長者が「ここは『凱旋道路』や。」と言われるのには素直に従えるのに・・・。


『平和通り』が『凱旋道路』であった郷土の歴史を知っていれば、『凱旋』の言葉の意味を取り違える新聞記者は岐阜にいないでしょう。

私も自身のブログに言葉の間違いがないか心配になります。お気づきの場合はコメント欄にて、ご指摘ください。
よろしくお願いします。



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千日も続けるなんて、
何てストイックなんだろうと
拍手!

そんなに肩肘張らなくてもと
思いますが、
そのストイックさが
中川さんの魅力なんだろうと思います

これからも楽しみにしています。

Re: 拍手

ありがとうございます。
根が『享楽主義』なので、せめてブログ修行は自身の継続力を試そうと思った次第です。
これからもご意見よろしくお願いします。



> 千日も続けるなんて、
> 何てストイックなんだろうと
> 拍手!
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> そんなに肩肘張らなくてもと
> 思いますが、
> そのストイックさが
> 中川さんの魅力なんだろうと思います
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