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『田中真紀子』なる存在価値

『暴走大臣』、『ちゃぶ台返し』の見出しが躍りますが・・・。
当分の間マスコミはネタに困りません。私も同様ですが。
田中真紀子には『田中真紀子』なる存在価値があるのだと認識しました。

大学新設の不認可を巡る問題。
いくつかの問題が見えましたが、まずは『筋』論(『大臣』論)の観点から語ってみます。

思いつきなのかどうかは別として、突然の『不認可』に対する大学側の反応に違和感・疑問を持ったところから、「そもそも・・・」、「『筋』はどうなんだ?」が頭をもたげたのです。
本来ならば、大学側のとるべき反論は、新設大学の社会的意義と必要性を訴えることではないのかと思います。
しかし、最終段階での突然の決定が理不尽であり、学生・入学予定者が可哀想だと言うのは学問の府に携わるに相応しい論理的思考の持ち主ではないと言えましょう。

今までの『大臣』ならば、官僚が上げてきた案件についてメクラ判を押したのでしょう。自身が最終的な許認可権者であることも無自覚なまま。
最終的な認可が下りる以前、学校法人を指導しながら内諾の段階で校舎の建設や教授・スタッフの求人、学生募集などを先行することを認めてきた『裁量行政』こそが問題なのです。
道理、『筋』は田中真紀子にあります。
二転、三転の上で結局は『認可』したことは残念ですが。

田中真紀子が文部科学大臣でなかったら、慣例踏襲の従来のままだったことでしょう。
それだけでも『田中真紀子』には存在価値があると考えます。
慣例を破る行為はエキセントリックで、それをする者は『変わり者』に見えるかもしれませんが、『変える』とは斯くなるものです。

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