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大学と『教育欲』

大学新設を巡る問題について、これが最後になると思います。

なぜに、これほど多くの大学・学部が日本中に存在しているのか?
また、その内の半数近くが定員割れを起こしているのはなぜだろうか?
制度改革・規制緩和を受けて株式会社大学が誕生したものの、今日では殆んど姿を消しているのは?

今回の問題を考えながら頭に浮かんだ言葉が『教育欲』。
司馬遼太郎が『日本人には食欲・性欲・睡眠欲に次いで「教育欲」なる欲求が存在する・・・。』と語っていたことを思い出したのです。

進学を諦め実社会で働かざるを得ない状況下で優秀な労働者として高度経済成長を支えた年代の人たちの中には、自分自身以上の教育・学歴を子どもには与えたいと考える傾向があったように思います。
『せめて大学くらいは?』との意識・欲求と経済的な発展が大学を持つ学校法人の肥大化を勧めたのではないかと仮説を立ててみると、大学・学校法人は経済情勢に大きな影響を受けながら今日に至ったことがわかります。
学生運動鎮静化の後、大学(とりわけ私立大学)が『学問の府』を維持するために、経営意識を高くもって運営するようになったのではないかと。
1970年代から1980年代にかけては、定員以下の施設(全学生がマジメに授業に出たなら座席が足りない・・・などのレベル)の大学が散見されました。それも大学経営には必要悪だったのかもしれません。

当然のことですが、大学は文部科学省の管轄化に置かれています。
大学進学率が上がることで、大学側のキャパを増やすことが第一に求められ、それには既存大学・学部の定員増と、大学・学部を新設することです。
それには、配置もついてきます。中央(大都市)に集中させるのでなく、地方都市にも・・・と。
次には内容を求められます。様々な分野を教える大学・学部が求められます。
社会・国民の要請に応えながらも、あるべき教育環境を整備する上で、『教育欲』が背景にあるのですから、厄介です。

規制緩和で株式会社の大学参入、国公立大学の独立法人化が進みましたが、収益性求める株式会社が教育環境の頂点にある『学問の府』たる大学に存在することに、日本国民の純粋な『教育欲』はネガティブに反応します。
これが予備校・専修学校などのような徒花的存在ならば認められるのでしょうが・・・。

『学ぶ』ことへの欲求である教育欲には、『学びたい』と『教えたい』の双方向性があるのだと考えます。
それに付随して『学ばせたい』との感情も存在するようです。

一見無秩序なまでに質量共に増加した大学・学部を後押ししたのは、日本人の『教育欲』だと考えます。
勤勉な国民性を形成する上では必要なモノですが、純粋であるがゆえに始末が悪い。
だから田中真紀子の突然の『ノー』に、冷静に検証して合理的な判断を下すことなく感情的にリアクションしてしまうのでしょう。
大学の自然淘汰を待つことなく、個人・法人に対し大学への寄付金・寄付活動のメリットを大きくすることや助成金の類を大きく減らすこと、大学による営利活動を促進することなどの策を講じ、本当に必要とされる大学だけが残る環境を作るべきと、私は考えます。

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本庄工業株式会社
代表取締役 中川稔之

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