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ミスマッチ

昨日のブログについてのコメント欄への投稿から話を展開させてみました。

木造ローコスト住宅の巨大ビルダーが経営統合したことが日本の林業、森林に与える影響に思いをめぐらせると、ある問題に行き当たります。

巨大ビルダーの経営統合によって、業界への最初の波紋として考えられるのは、更なるコストダウンの要請でしょう。コストダウンしたところで根本的な問題の解決にはならないのですが・・・。
木造ローコスト住宅で最も多く使われるのは、集成材(エンジニアリングウッド)の管柱(長さ3メートル、10.5センチ角)。
欧州からの輸入品で、樹種はホワイトウッドです。
この一本当たりの価格は2000円前後ですが、コストダウンの要請と為替相場などによっては更に下がります。
10000円のモノが100円下がっても知れていますが、2000円のものが100円下がることでは割合が違います。
このホワイトウッド・管柱が基準になり、国産材・管柱へもコストダウンの声が強まります。
それが、商社などの流通業者から製材工場、更には素材生産者(山側)まで遡ってくる図式があるのです。
木材需要を増大させるわけでもない、コストダウンの要請は、タダでさえ斜陽産業である木材業界を壊滅的な状態に追い込みます。

高度経済成長期に外国から安価な木材が日本に入ってきたことで、単価が高い国産材が使用されなくなり、日本の木材自給率が下がったと、かつては言われていました。
しかし、今日では、外国の原木単価と日本の国産材の原木単価には差がありません。どころか、日本の国産材の方が安いことも散見されます。
ここから先は、「天に唾吐く」ようなことは言わずにいた方が良いとはわかっているものの・・・。

ではなぜ、安い日本の国産材が日本国内で利用されないのでしょう。
日本では国際間競争力がある木材製品の生産できないからです。
国際商品である木材。原木単価は同一ですが、製材加工される商品が違います。
欧州では工業部材として木材を加工してきた歴史がありますから、原木(素材)の最大限の歩留まりを追求し、価格・品質面の安定性から集成材を厭いません。
一方日本では、工業製品(汎用品)としてではなく嗜好品として木材に価値を見出してきましたから、無垢材信仰が強いのです。
日本における、戦後の拡大造林は大量に木材を消費することを前提としたものです。
安定供給が担保されて居るわけですから、製材加工と市場の志向が適合すれば、安定した価格・品質の木材製品が供給できる土壌はあります。

日本における木材需要の喚起の視点が間違っています。
木材使用量を増やす目的と意義を論理的に追求することが足りません。
「『木』が好きな人」に向けたメッセージや『木』に親近感を抱かせるメッセージは、木材自給率の向上に効果がないと考えます。
『集成材の普及が、木材自給率を高め、森林整備を加速化し環境保全に寄与する。』と、アピールすることが最も効果があるのです。

すれば、日本国内にも大型の集成材工場が多く建設されるでしょう。
国際価格に適合する国産材の安定供給によって、高効率な工場で木材が製材加工されれば、国際間競争力がある木材製品の生産が可能になります。

日本の木材を巡っては、市場・製造者(工場)・生産者(山)の間にミスマッチがあり、啓蒙活動が更にそれを増幅させていると考えます。

国際間競争力がある木材製品=集成材の普及によって、「『木』が好きな人」以外の大きな市場に木材の用途を広げることが可能になるのです。
翻って、弊社のように「『木』が好きな人」をターゲットにしたケースの付加価値が際立つとも考えられます。

木材を扱うにあたって、合理性と効率を高めることが木材需要の裾野を広げます。
そのためには『ミスマッチ』の解消が必要だと考えます。


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No title

中川さんのご意見、ごもっともです。
天に唾を吐くご意見ではなく、常識であると思います。もし、このことに正面から向き合わないのであれば、業界から退場すべきです。
山の管理をする立場として、ジレンマがあります。
長伐期循環型施業、これはそうあるべき理想的な方向ではあります。しかし、枝打ちもしていない、枯れ枝を巻き込んだスギ、ヒノキを大径木にそこら中の山が育てて、将来だれがどのように使うのだろうか。
大径木を必要とする社寺仏閣や特殊な用途はこれから先無くなることはないでしょう。でもそこに大きなパイはない。
もっと地域ごと、山ごとにどのような材を作っていくのか、生産がメイン、生産+環境ともに、環境メインともっと明確にわけて行く必要があります。
書き出すと、きりがないので、またどこかで。

Re: No title

小森さん、連日のコメントありがとうございます。
まだ、唾が天に届かないようなので、
「木は木であり、神でも仏でもありません。マテリアルとして利用するために木はあるのです。」くらい言えば、天に届きますかね~。
それでも届かないならば、「唯物論で木材を語る・・・。」では・・・。
ヒューマニズムの欠片もない人間だと思われますね(笑)。

中川


> 中川さんのご意見、ごもっともです。
> 天に唾を吐くご意見ではなく、常識であると思います。もし、このことに正面から向き合わないのであれば、業界から退場すべきです。
> 山の管理をする立場として、ジレンマがあります。
> 長伐期循環型施業、これはそうあるべき理想的な方向ではあります。しかし、枝打ちもしていない、枯れ枝を巻き込んだスギ、ヒノキを大径木にそこら中の山が育てて、将来だれがどのように使うのだろうか。
> 大径木を必要とする社寺仏閣や特殊な用途はこれから先無くなることはないでしょう。でもそこに大きなパイはない。
> もっと地域ごと、山ごとにどのような材を作っていくのか、生産がメイン、生産+環境ともに、環境メインともっと明確にわけて行く必要があります。
> 書き出すと、きりがないので、またどこかで。
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