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我が良き友よ

正月に届いた年賀状。
一通の年賀状を見つけるや、飛び上がり、叫び声をあげそうになりました。
大学を卒業した20年以上前に知り合ったアルジェリア人のMからの年賀状を見つけたときのことです。

日本人女性と結婚、来日し、日本語学校に通っていた彼と、大学を卒業し上京したばかりの時に知り合い、なぜか意気投合して、私達は連れ立って、よく遊びに出かけたものです。
とても気さくで明るい性格の彼は、異国の地でも友人を多く作り楽しんでいました。
また言葉の習得能力が極めて高く、瞬く間に日本語を自分のものとするだけでなく、日本の諺や方言にも関心を示し、諺や方言を覚え日常会話に織り込んで話すことには驚きました。
この調子なら、テレビに出たら人気者になるのではと思いましたが・・・。
テレビカメラやマイクの前では極度のアガリ症だったのです。

彼がフランス系の旅行代理店に勤務していた頃は、フランスが旧宗主国であるアフリカの多くの国の大使館の顧客開拓に励んでいて、ある時アフリカ旅行に誘われたことがあります。
「中川、今度アフリカに遊びに行こう。国のVIP待遇だよ~。」
「どこの国?」
「ベニンと、アイボリーコースト。」
当時のベニンは政情が不安定だったので
「ベニンに旅行中に、クーデターが起こったら、俺達どうなる?」と尋ねると、
「殺されるかもしれない。」
「怖いじゃん。ヤダヨ~。」と答えると
「大丈夫。可能性は低いから。」
「訳分からない国で、トラブルに巻き込まれたら嫌だよ。」との言葉に
「私も日本に来たときには、日本は訳分からない国だったよ。だから行こうよ。」・・・。
チキンハートの私は、絶好の機会を前に尻込みしてしまいました。

私が東京を離れると、次第に交流が少なくなり・・・。
年賀状と転居通知のやり取りを繰り返すうちに彼の連絡先も分からなくなっていたのです。
彼から年賀状が届かなくなってからも暫らくは送り続けていたのですが、転居先不明で帰ってきたときから数年経ちました。
生きているのか?日本にいるのか?再会できる日はあるのだろうか?
アルジェリアのニュースを聞いた時などは、一番に彼を思い出します。

ところが、突然・・・。
一般的な印刷された文面と、彼の字で「元気か?」と「M」の署名。
日本で暮らしていることが分かると思い出が甦り、しばし感慨に・・・。
私の住所を保存していてくれたのか・・・。
家族は、どうなったのだろう・・・。

返事を書こうと年賀状を何度もひっくり返したのですが、住所が見当たりません。
我が良き友よ、ヤギさん通信にも足りないような年賀状の交流を、これからも続けていくのか?
我が良き友よ、君が生きていて、日本にいることが分かっただけでも嬉しく思っているけれど、連絡先が分かる便りを待っています。

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