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了見が狭い

数年前に読んだ、宮台真司の『14歳からの社会学』(というタイトルだったと思うのですが正確なタイトルは失念)を思い出したのです。
宮台真司は現代社会における『公、みんな』という概念の希薄化がもたらす社会現象を、『14歳』にも分かりやすく説いていました。

大阪市立桜宮高のバスケットボール部主将だった男子生徒が顧問からの度重なる体罰を理由に自殺した問題。
体罰や暴力について語るつもりはありません。
この問題を巡って、顧問による体罰が確認された桜宮高校では、バスケットボール部とバレーボール部を無期限活動停止にしましたが、後にその他の部活動も全て体罰の有無に関係なく活動停止となりました。
これらは橋下徹大阪市長の指示によるものですが、報道では問題の追究よりも活動再開を求める生徒や保護者が紹介されています。
また、橋下徹大阪市長が桜宮高校体育科の入試の取り止めを求めると、
「受験生や在校生が戸惑い、混乱する・・・。」との論調には呆れて開いた口が塞がりません。

主将が自殺したバスケットボール部の部員から
「問題はバスケ部の問題であり、他のクラブには関係ない。自分たちは仕方がないが、他のクラブの活動にまで影響を及ぼす制限を、なぜ・・・。」とのコメントを引き出すマスコミもマスコミだと・・・。

バスケットボール部では体罰が恒常化していることは、同じ高校の『みんな』が知っていたはずです。
部活動にとどまらず、授業中にも・・・・。
残念ながら、『みんな』の問題だとは捉えられていないのです。

『公、みんな』という概念の希薄化とは、了見が狭いことに通ずるのだと思います。
東京大学だって、過去に入試がなかった年があるのですから・・・。
今、立ち止まって考えアクションを起こさないと、問題は風化し流されてしまいます。

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